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奥田瑛二の娘は女優の安藤サクラ!嫁の家系図がスゴイ?

奥田瑛二 俳優

長きに渡り活躍するベテラン俳優の奥田瑛二さん。最近では奥田瑛二の娘である女優安藤サクラさんも活躍しています。また嫁の安藤和津さんの家系図も凄いのだとか。そんなわけで今回は、「奥田瑛二の娘は女優の安藤サクラ!嫁の家系図がスゴイ?」について、詳しく調べてみました。

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奥田瑛二のプロフィールと経歴

奥田瑛二さんといえば、今や家族揃って全員がそれぞれの場所で活躍しています。奥田瑛二の娘であるお二人も、監督と女優という立場で、父親同様に活躍しています。

今や奥田家は、日本中から注目されるタレント一家になりました。

俳優、映画監督として長年にわたり活躍している奥田瑛さん。嫁は、タレントでありエッセイストの安藤和津さんです。そんな奥田瑛二さんのこれまでのキャリアを振り返るとともに、プロフィールを紹介致します。

名前: 奥田 瑛二(おくだ えいじ)
本名: 安藤 豊明
生年月日: 1950年3月18日(68歳)
出生地: 愛知県東春日井郡高蔵寺町(現、春日井市)
身長: 175 cm
血液型: AB型
職業: 俳優・声優・ナレーター・映画監督・画家
ジャンル: 映画・テレビドラマ・舞台

配偶者: 安藤和津
著名な家族:
安藤桃子(長女)
安藤サクラ(次女)
柄本佑 (義息子)
犬養毅(義祖父)
事務所 ゼロ・ピクチュアズ

主な出演作:
《テレビドラマ》
『円盤戦争バンキッド』
『宮本武蔵』
『金曜日の妻たちへIII 恋におちて』
『男女7人夏物語』
『金曜日には花を買って』
『花の乱』
『ひまわり』
『北条時宗』
『慶次郎縁側日記』
『どんど晴れ』
『風のガーデン』
『八重の桜』
『花燃ゆ』

《映画》
『もう頬づえはつかない』
『海と毒薬』
『千利休 本覺坊遺文』
『極道記者』
『棒の哀しみ』
『眠らない街 新宿鮫』
『皆月』
『少女〜an adolescent』

俳優として長年のキャリアがあり、上記のようにこれまで様々なジャンルのテレビドラマや映画などに出演してきました。

最初は、モデルの仕事から始めたようです。CMなど徐々にも出演するようになります。

若い頃の奥田瑛二さんは、もちろん俳優志望ということでしたが、なかなか思うようにはいかなかったようです。

しかし俳優の夢はあきらめきれず、なんとか俳優としてのデビューを飾りました。

今でこそ、日本でも指折りの俳優ですが、デビュー作は意外なことに特撮ヒーローものだったのです。今でこそ、特撮ヒーローは、イケメン俳優の登竜門と呼ばれていますが、当時は完全に子供向けの番組でした。

そんな奥田瑛二さんの俳優デビュー作は、1976年の『円盤戦争バンキッド』です。主人公・天馬昇 / バンキッドペガサス役でデビューしました。

子供向けの特撮ヒーローものとは言え、デビュー作をいきなり主演でスタートし、幸先良い俳優活動かと思いきや、その後はしばらくは役に恵まれず不遇時代を過ごすことになります。今から考えると信じられませんね。

不遇の時には、なんと家賃が払えないほどの貧乏生活をしていたそうで、アパートを夜逃げ同然で逃げ出し、公園でのホームレス生活の経験もあるということです。

この頃の仕事は、品川岸壁の荷揚げやスナックのウェイターなどの職を転々としつつ、なんとか食い繋いでいた状態だったようです。

そんな奥田瑛二さんの転機となったのは、1979年 日活の『もっとしなやかに、もっとしたたかに』で実力を認められたことです。その後、俳優として注目されるようになりました。

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奥田瑛二は映画監督も

奥田瑛二さんは、俳優としての顔の他、映画監督としての顔も持ち合わせています。

元々、奥田瑛二さんは、俳優業を天職としていましたが、監督業に目覚めたのは42歳のときでした。

なんでも、「監督やるぞ!」と思い立ったことから周囲に宣言したそうです。いきなり監督をはじめたものも、上手くいかずに最初ら挫折します。

そして基礎から映画製作をしっかりと学び、48歳にして助監督を経験。その後50歳にて『少女〜AN ADOLESCENT』で監督デビューを果たしました。この時、2001年でした。

その後、2006年1月に松坂慶子さん主役の『るにん』を公開し国内外の映画賞で多数の賞を獲得。映画監督としての実績を上げました。

3作目の『長い散歩』では、奥田瑛二さんたっての希望で緒形拳さんを主役とし、モントリオール世界映画祭でグランプリを受賞するなど、監督としての評価も世界的に高まりました。

奥田瑛二の嫁の安藤和津の家系図がすごい!

奥田瑛二さんの嫁の安藤和津さんは、エッセイストであり、タレントとしても有名で、今尚活躍しています。

嫁の安藤和津さん、何やら家系図が凄いんだそうです。なんと犬養毅元首相の血を引く一族ということなんです。歴史上に刻まれた人物の家系とは驚きですね。

1931年12月に第29代内閣総理大臣に就任したのが犬養毅元首相です。そして最後も衝撃的で、海軍の青年将校らに首相官邸で殺害されたのです。

安藤和津さんは犬養毅の三男の犬養健の娘です。安藤和津さんが生まれた当時、父親は52歳でした。元首相犬養毅は安藤和津さんの祖父となるわけです。

しかし安藤和津さんの家系図には、母親の名前はないのです。これには理由があり、安藤和津さんの母親は、料亭「おぎ乃」の経営者である荻野昌子という方でした。実は安藤和津さんの母親は犬養健の愛人だったのです。安藤和津さんは、認知された娘となるのです。

そんな事情がある安藤和津さんですが、幼い頃からの暮らしぶりは、超お金持ちで、お嬢様のレベルを遥かに超える暮らしぶりだったそうです。

家には常に美容師や料理人、お手伝いさんなど、約20人ほどのスタッフがいたのだとか。凄すぎますね。さすがは、奥田瑛二さんの嫁です。

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奥田瑛二の長女の安藤桃子

奥田瑛二の娘の長女、安藤桃子もまた経歴がとても凄いんです。今、映画監督としても脚光を浴びている安藤桃子さんのこれまでの経歴に触れてみます。

安藤桃子さんは、高校時代にイギリスに留学します。そしてそのまま帰国せず名門のロンドン大学芸術学部に入学します。とにかく頭の良い方で成績優秀で、次席で卒業しているのです。かなりのエリートなんです。

その後、2010年「カケラ」で映画監督デビュー。デビュー作にしていきなり、「パリ・キノヨタ映画祭最優秀映像賞」を獲得するなど、早くから才能を認められます。

安藤桃子さんは、映画監督としてだけではなく、自ら小説をや、脚本も手掛けるなと多彩な才能の持ち主です。

奥田瑛二の娘として、父親同様、映画監督として親子で評価されているのもまた凄いことですね。

奥田瑛二の次女の安藤サクラ

奥田瑛二の娘の次女 安藤サクラさんは女優として活躍しています。NHK朝の連続テレビ小説で主演を務めるなど、知名度も全国の国民的女優さんでもあります。

安藤サクラさんの演技力は、父 奥田瑛二も認めるほどの実力で普通の役者が持ちえない感性でアプローチする女優だと高い評価を与えています。

安藤サクラさんは、与えられた役に対してかなりストイックに向き合うタイプでハードな減量を行うなど、役にのめり込むタイプの女優さんということです。

今や家族全員が有名な芸能一家となった安藤家ですが、家族一丸となって作り上げた映画「0.5ミリ」が話題です。

監督が安藤桃子さん、奥田瑛二さんがエグゼクティブプロデューサー、安藤和津さんがフードスタイリスト、主演が安藤サクラさん。この家族コラボは凄すぎます。

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奥田瑛二の義理の息子は柄本佑

奥田瑛二の娘 次女 安藤サクラさんは、2012年に俳優、柄本明さんの息子の柄本佑さんと結婚しました。

もちろん旦那さんの柄本佑さんも俳優。そして二世タレント同士の結婚として話題を振りまきました。

つまり、奥田瑛二さんの義理の息子ということになります。この結婚で、更に芸能一家としての色が濃くなりました。

やはり才能あるもの同士は惹かれ合うのでしょう。義理の息子である柄本佑さんのことを俳優としても認めているのでしょうね。

奥田瑛二の介護がすごい

安藤和津さんの母親は、脳腫瘍を煩わせています。その影響か家族にもいろいろと世話をやかせたそうです。その為、認知症が今後進むこともあると医師から告げられたそうです。

そんな母親の面倒を見ようと提案したのは、夫 奥田瑛二さんでした。そんな奥田瑛二さん、とにかく母親の介護が凄いんだとか。

夜は15分おきに起こされ、2時間おきにオムツの交換など
、とにかく介護が大変のようです。ヘルパーさんも頼んでいたことから介護費用も莫大なにかかったそうです。

嫁さんの母親の面倒をみる奥田瑛二さんは、素晴らしいですね。

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奥田瑛二の娘は女優の安藤サクラ!嫁の家系図がスゴイ?のまとめ

今回は俳優で映画監督の奥田瑛二さんについて、詳しく調べてみました。奥田瑛二の娘として、それぞれ映画監督、女優 として活躍するお二人の才能は父親譲りでしょう。

また嫁の安藤和津さんの家系図も凄いことが、わかりました。

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