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荒井静吾の顔画像や住所職歴情報は?遠山ヒナコさん老老介護の悲劇!

事件・事故

2019年7月25日、悲しいニュースが入ってきました。

75歳の荒井静吾容疑者が、同居していた内縁の妻85歳を手にかけてしまったとのことです。

ニュースの詳細や、動機はなんだったのでしょうか?

今回は、荒井静吾の顔画像や住所職歴情報は?遠山ヒナコさん老老介護の悲劇!について調べてみました。

介護疲れか、女性殺害容疑 同居の75歳男逮捕、警視庁の詳細は?

東京都北区の公園で24日夜、同居していた女性(85)の首を絞めて殺害したとして、警視庁滝野川署は25日、殺人の疑いで、同区東田端2の8の15、職業不詳荒井静吾容疑者(75)を逮捕した。「老老介護に疲れ、殺してしまった」と容疑を認めている。

逮捕容疑は24日夜、自宅近くの公園のベンチで無職遠山ヒナ子さんの首をネクタイで絞めて殺した疑い。荒井容疑者の話では、遠山さんには認知症の症状があった。2人は数十年一緒に暮らしていたという。

滝野川署によると、荒井容疑者は事件後に近くの交番に届け出た。

引用:KYODO

 

認知症だった内縁の妻を殺害したとして、警視庁滝野川署は25日、東京都北区東田端2、職業不詳、荒井静吾容疑者(75)を殺人容疑で逮捕した。「介護に疲れた」と容疑を認めているという。

逮捕容疑は24日夜、自宅マンション近くの公園で、内縁の妻、遠山ヒナ子さん(85)の首をネクタイで絞めて殺害したとしている。

同署によると、荒井容疑者は遠山さん、遠山さんの長男との3人暮らし。遠山さんは食事などに介助が必要な状態で、自宅には荒井容疑者が書いたとみられる「老老介護に疲れた」とのメモがあった。

荒井容疑者は25日午前1時ごろ、最寄りの交番を訪れ、「妻を公園で殺した」と申し出た。「近くで自分も首をつろうとしたが、ひもが切れた」と供述しているという。

引用:毎日新聞

 

数十年一緒に暮らした内縁の妻を、老老介護の疲れにより、手にかけてしまったようです。

荒井容疑者は75歳ですが、75歳ともなると、自身の体も不調をきたしていたかもしれません。そんな状態での介護は辛いところですね。息子さんとも同居とのこと、息子さんは、50歳くらいでしょうか?

どういう関係だったのかわかりませんが、悲しい事件です。

荒井静吾の顔画像や住所職歴情報は?

氏名 荒井静吾
年齢 85歳
住所 北区東田端2の8の15
職業 不詳
容疑 殺人

顔画像は現在公表されていません。分かり次第追記いたします。

荒井静吾の顔画像や住所職歴情報は?遠山ヒナコさん老老介護の悲劇!にネットの声は?

私の知り合いで男性ですが1人で自宅の90過ぎの寝たきりの母親の介護をしてます。
ヘルパーさんは朝と夕方に身体介護で来てもらってますが、後は息子さんが下の世話も食事も全てしてます。この息子さんも身体に障害が有り健康ではありません。何度も国の制度を利用して色々相談したらとアドバイスをしたのですがお金がかかるのでムリだと諦めてます。
現に低所得で非課税の方です。
当然特養の施設の最低料金も払えないので入れることも出来ないとの事です。
ちなみに特養も今は生活保護者の人はお断りで全く入れないという施設の話しを聞きビックリしました。今後このような貧しい人はどうしたら良いのか他人事では思えず心配です。
介護疲れで最終的には心も身体も疲れて病んでしまって殺してしまう気持ちも分からなくは無いなぁ〜。不謹慎な文章で申し訳ございません。

介護は本当に大変、しかも高齢者となると、、、
明日は、我が身、子ども達が診てくれるとは限らない、また子ども達に迷惑をかけたくない。

施設に入るだけの貯蓄をしたいが、、、

苗字が違うし同居の男性だから内縁関係なのかな?

辛い状況だったんだとお気持ちはお察ししますが、殺めてしまうのは如何なものかと思います。

逃げ出さず介護をしてきたんでしょうが、色々な訳があり公助も、共助も期待できない…。
それならばとある程度覚悟を持っての犯行だと思う。
自宅で閉鎖的な場所ではなく、公園のベンチという点でもなにか少し切ない思いもある。

ご近所付き合い等の関係性が希薄な現代では気付くってすごく難しいと思うので「助けて欲しい」とまずは手を上げて貰う事が必要だと思う。
何事でもそうだと思うが「助けて」と手を上げやすい社会作りって本当に必要だと思う。

本当に100歳まで寿命がいりますか?
医療技術を高めて、将来ある若い命を救うことは、素晴らしいことだと思います。
生産性と経済力を失った段階で、人としての役目は終わりで良いのではないでしょうか?
他の生物を見ても、子孫に生活を支えてもらって行き長らえる生物は人間だけですね。
穏やかな安楽死を選べる時代が待ち遠しいです。
死期は選べます。
それを悲しむのではなく、皆で笑って迎えられるような、そんな時代を望みます。

金ない奴は自宅で介護するしかない。なんだかんだで施設は金がかかる。
今の介護保険は時代のニーズには逆行してますわな。ただ財源ないから、在宅のが幸せだから、という理由で。ただ、本当に財源はないのか?また、在宅生活はできるものならみな最期までそうしたいが、実際には難しい場合もあると思うよ。

母が昨年96歳で死ぬまで介護したが、最晩年はまだら惚けになってしまったので、介護は大変だった。

政府は安楽死を認めるべきだと思うが、綺麗事ばかり捲し立てるマスコミや国民に気兼ねしてできないだろう。

そうなると、自分で惚ける時を見極めて自殺するしかないが、「その時」を正確に見極めるのは難しい。個人的には、惚ける前に確実に死にたい。

自分が同じ状況になった場合のことを考えて見ました。

ケース1(安楽死が認められていない場合)
介護者は限界まで頑張って介護をする。被介護者に手をかける前にもついイライラして暴言や暴行もあったかもしれない。そしてついに死にいたらしめてしまう際も、プロの殺し屋ではないので上手に逝かせてあげられないケースが多いかも知れない。被介護者は完全に死亡するまで長時間苦しまなくてはならない。何とか逝かせてあげても生き残った介護者は犯罪者。家族にも迷惑がかかる。

ケース2 (安楽死も選択できるようになれば)
介護者は自分ができる範囲の介護をする。必要なら国や地域の介護サービスを利用する。
もしもどうしても安楽死が被介護者の幸せと判断されたら医師の立ち会いのもと、本人と肉親にとって精神的、肉体的に最も負担が少ない方法でお見送りする。

私はケース2を選択したいと思います。

例えば、社民党や共産党が国民によりそう政党だというのならば、こういう問題の1件でも解決して実績を示してほしい。「こうすればよくなるのだ」「そうしないのは与党の責任だ」と。何でも国のせいにできないけど、こうのは行政がフォローできる仕組みがないと、あるいは行政に頼ってもらえるような仕組みがないと、いつまでもなくならない。一体いつまで同じ事件を繰り返さなければならないのか。

健康であれば勿論、病を得てもある程度自立できるのなら長寿は歓迎。しかしながら食事や排泄、入浴や更衣が全く自力でできなくてかつ回復の見込がない場合は、人類としての役割は終了している。下の世代に全てを託し、意味のない負担をかけるのを回避するために、世界標準である重度の要介護者の長期間の公費負担廃止と、世界標準になりつつある尊厳死と自然死の法制化を真剣に検討するべきだろう。

本当福祉の仕事についている方には頭が下がります。わたしは何度も階段からつき落とそうかと考えたくらいでした。介護は地獄です。夜中に徘徊しフンを撒き散らし大声でわめくのです。

今はこの介護度5でひどい認知症の義父が施設にいますが、施設ではちょっとした発熱やちょっとした怪我でもすぐに連絡をくれて医者に見せて、、とかいがいしくやってくださいますが、正直「熱くらいならほっといてくれていい」と思います。安楽死は難しいにせよ、せめて寝たきりやひどい認知症には積極的な医療行為をしないくらいの選択肢があるといいのですが。